野上 透
Profile
野上 透 1935年東京上野 生まれ
本名:根岸秀廸(ねぎしひでみち)
1958年 日本大学芸術学部写真学科卒業、講談社入社
1959年 『週刊現代』の創刊に編集部員として表紙、グラビア等の撮影にたずさわる
1964年 フリーランスとなり雑誌、書籍等で人物、報道写真、ルポルタージュなどを撮る
1965年 全集『われらの文学』全2巻で人物写真を担当。
1970年 全集『現代の文学』全39巻等で作家の人物写真を担当
1975年 『日本現代写真史展 終戦から昭和45年まで』の編纂委員
1977年 第8回講談社出版文化賞受賞
写真展: 「本日も晴天なり」「文化悠遊」「顔で綴る時代史」ほか
著書(写真): 『戦後史』『薬師寺への誘い』『女人古寺巡礼』『文士一瞬』ほか
2002年5月 死亡、享年67歳。
Memory
野上透に師事したのは、大学を卒業してスタジオマンとしてコマーシャル・フォトの一端を覗いて、生意気にも「これは面白くない」とドキュメンタリーカメラマンに弟子入りしようと思っていたとき、野上透の助手をしていた同級生が郷里に帰ってフリーカメラマンになると言うので、同級生から替わりにどうかという話になり、それではとすっかりその気になって先生に会いに行ったのだが、先生には「お前らで勝手に決めるなと!」怒られた。結局、何とか助手になることが出来た。
今の世で「うちの師匠が……」などと話す人はあまり多くないとおもう。代表的なのは落語家などだろうか、笑福亭鶴瓶が語る師匠の松鶴師匠の話はとても面白くお気に入りですが、うちの師匠は松鶴師匠ほど面白い人ではなかったし、理不尽でも豪快でもなかったですが、酒とタバコをこよなく愛していました。師匠は普段ウイスキーを飲むことが多かったのですが、私が助手の頃、医者から酒を止められたことがありました。翌日事務所に行くと裏口にライトビールが3箱ほど詰まれています。「先生、何ですか?」と聞くと、師匠は平然と「ライトビール」。「先生、ドクターストップじゃないんですか」、「後藤君、ライトビールは酒じゃないよ!」。やれやれ、そんな屁理屈は助手にしか通じませんよ、と思っていたら奥さんにも通じたみたいでした(笑)

TOP PAGE
Site Top
Tokyo Sky Tree
GALLERY
CAMERA EQUIPMENT
Nikon D3
COMMENT
PROFILE
Goto,Kiyozumi
LINK
Link Photo
Contact
Mail